2008年08月20日
オリンピック開会式
開会式セレモニーで、花火の一部がコンピューターグラフィックズだったり、女の子の歌が実は口パクだったり、果ては多民族の子供が揃って旗を持っているはずが殆ど漢民族だったりで、餃子事件とダブらせて日本人が批判している。中国人の一部にも批判的な意見もあるようだが、開会式の演出を引き受けたプロデューサーは「民族の融和と世界の平和を表すパフォーマンスだ」と意に介さない。
考えてみればテレビを通じて国の威信や平和、環境への配慮を全世界に発信できれば良いのであって、この言葉にも一理はある。
彼の本職が映画のプロデューサーと知ればなおさら、むべなるかなと納得できる。映画そのものが俳優が演じる虚構の世界だからだ。映画を見て「偽者だ」と騒ぐ人はいない。
一方、本物ではないものをいかにも真実らしく見せるのはまやかしだとするピュアな考えにも一理はある。
民族性の違いで世界観はがらりと変わるので、そんな考え方もあるのかなあと思うぐらいが良いのかもしれない。
大竹広明
カテゴリー: 社会
投稿者: システム管理者 | 2008年08月20日 18:23 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
