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会長ブログ「大竹広明の目」

「2011年8月」一覧

2011年08月31日

季節の移ろい

今日で8月も終わり。朝晩しのぎやすくなってきました。

毎朝の通勤でも季節の移ろいを感じます。家を出てまず東に向かう道を歩きます。一か月ほど前には真正面からギラギラした太陽がまぶしく、電信柱の細い影をたどって少しでも暑さをしのぐように歩いていました。それが今週に入り道端の家並みに太陽が隠れ、路面は日陰になって風もさわやかになりました。

会社近くの東向きの道路でも、高層ビルが壁になって強烈な太陽の光線から逃れられるようになりました。

もうしばらくして秋から冬へ代る頃、今度は日光が恋しくなり日向を選んで歩くようになるのです。

日本は四季の趣に富み、季節にあった動植物が生育し、情緒に富んだ人の心を育んできました。

日本独特の芸術や文化も、細やかな人間性が長年にわたり育て上げてきました。

美しい日本。大切にして後世に伝えたいものです。

         大竹広明

カテゴリー: 社会

投稿者: president | 2011年08月31日 09:02 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年08月25日

知恵と知識

インターネットが普及してものすごく便利になった。百科事典、辞書、地図の類から場合によっては書物、新聞まで不要になるかもしれない。とにかくパソコンで検索すれば世界中の情報を取り寄せることができる。知識を増やすには格好なツールだ。

一方知識と知恵は全く違う。知識はただモノを知っているということに対して、頭を働かせて人間関係や社会生活を滞りなく運営するために役立つのが知恵だ。ある課題に対して知識は万人が同じ答えが出てくる傾向があるのが、知恵を使えば100人いれば100通りの解決方法を見出すことができる。

それでは知恵はどのようにして取得できるのであろうか。

付き合い、対話、共同作業、文芸書、小説、歴史書、旅行、芸術とのふれあい、等など様々な体験をすることによって知恵は蓄積されるものだと思う。

パソコンの前だけでは知恵は育まれないものだ...と私は思う。

     大竹広明

カテゴリー: 生き方

投稿者: president | 2011年08月25日 13:37 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年08月23日

自分たちでできること

毎月1~2回更新している友人のブログに、次のようなコメントが掲載されました。少し長文ですがそのまま引用します。

 「現在の政治の混迷は、ボディーブローのようにジワジワと日本の将来に回復の難しさを加えています。しかし、これも私達が、直接、間接に政治の選択に参加した結果であります。自分が出来ることを進めていく。子ども達の前で、無いもの、失ったものをぼやいても良い事はありません。評論やご気楽な批判を繰り返している親を見ている子どもたちへの影響を考えて下さい。むしろ、挑戦している、テーマを持って元気に明るく生きている姿を日々示すことが重要なのです。」

これぞ今の日本人に必要な指針ではないでしょうか。

日本人の一人ひとりがこんな思いを持って行動すれば、あっという間に明るく元気な社会が実現することと思います。難しいことではありません。

      大竹広明

カテゴリー: 社会

投稿者: president | 2011年08月23日 09:18 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年08月18日

自転車

昨日、会社からの帰途、歩道から地下街に降りる階段の手前で、本来歩道上を走行してはいけない自転車が左から来ました。このような場面では衝突を避けるために自転車がよけたり、止まるが通常ですが、その自転車はまっすぐ私の方へ走ってきます。衝突の直前、私が立ち止ったので、その自転車は私の目の前をよろよろ通り過ぎました。

こういうとき怒りを表わすために「コラーッ」とか「バカヤロー」とか言うのでしょうが、家でも会社でもそのようなことを言ったことがない私には、咄嗟に適当な言葉が浮かびませんでした。

そして通り過ぎる自転車の男の耳に向けて口から出た言葉は「ホヮッ」でした。

でも罵声を浴びせなかったことで、後味は悪くありませんでした。

その人にはこちらの気持ちが充分伝わったでしょうから。

       大竹広明

カテゴリー: マナー

投稿者: president | 2011年08月18日 08:32 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年08月09日

国民栄誉賞

"なでしこジャパン"に国民栄誉賞が授与された。

総理大臣の人気取りだとか、無策な政府に代わって被災地に元気を与えるための手段だとか言われているが真相は知らない。しかし為政者の頭の片隅には、スポーツで大活躍した人にあやかりたい気持ちも少しははあったのではないだろうか。

スポーツや芸術で社会が元気になることは結構であるが、国を活性化するエンジンと舵を握っているのは他でもない政府自身だ。

少なくとも政治家を目指した人は国家のため、国民のため尽力しようとの気概があったはずだ。自身の延命や党利党略どころか与党内のゴタゴタなどにエネルギーを使わずに、身を捨てて国民に元気と勇気を与える政策を立案実行してもらいたい。

そんなふがいない政治家を選んだ我々有権者の責任は大きい。

       大竹広明

カテゴリー: 政治

投稿者: president | 2011年08月09日 08:27 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)